
地上戦セールス:客先の沈黙を開発へ持ち帰る
客先の沈黙を開発へ持ち帰る。 セールスの仕事は、うまく話すことだと思われがちだ。 けれど、EEGで必要としている地上戦のセールスは、話す人である前に、現場の反応を正しく持ち帰る人だ。 ネットで資料を見せる。LPを作る。広告を出す。問い合わせ…

EEG Editorial
Content Team
AIで速く作れる人ほど、最後まで持っていけ。 これは、根性論を言いたいわけではない。むしろ、AIで実装が速くなった今だからこそ、途中まで作ることと、最後まで持っていくことの差が、前よりもはっきり見えるようになったという話だ。 いまは、アイデアを投げれば、AIが画面を作ってくれる。APIも書いてくれる。DB設計も、それっぽくまとめてくれる。数年前なら数週間かかったプロトタイプが、数時間で動くところま…
AIで速く作れる人ほど、最後まで持っていけ。
これは、根性論を言いたいわけではない。むしろ、AIで実装が速くなった今だからこそ、途中まで作ることと、最後まで持っていくことの差が、前よりもはっきり見えるようになったという話だ。
いまは、アイデアを投げれば、AIが画面を作ってくれる。APIも書いてくれる。DB設計も、それっぽくまとめてくれる。数年前なら数週間かかったプロトタイプが、数時間で動くところまで届く。
それは本当にすごいことだ。ぼく自身も、その速度には何度も驚かされている。
でも、そこで満足してしまうと危ない。
AI時代になって、途中まで作れる人は一気に増えた。
ログイン画面がある。ダッシュボードがある。ボタンを押すと、それらしい結果が返ってくる。デモとして見せるには十分で、SNSに載せれば反応もあるかもしれない。
けれど、サービスはデモで終わらない。
本番環境に出す。ユーザーが触る。想定外の操作をする。データが増える。問い合わせが来る。料金を払う人が出る。逆に、まったく使われない現実も突きつけられる。
そこから先に進めるかどうかで、作ったものは作品で終わるのか、事業になるのかが分かれる。
ゼロからリリースまで持っていけるエンジニアには、独特の強さがある。
コードが書けるだけではない。仕様が曖昧でも、自分で仮説を置く。足りない画面を足す。使いにくい導線を直す。エラーが出れば逃げずに見る。ユーザーの反応が薄ければ、なぜ刺さらないのかを考える。
つまり、作ることを自分の責任として引き受けている。
AIは、実装の速度を上げてくれる。だけど、責任までは引き受けてくれない。誰に届けるのか。どこまで作り込むのか。いつリリースするのか。失敗した時に何を直すのか。そこは、作った本人が決めるしかない。
ぼくは、そこにこそAI時代のエンジニアの価値が残ると思っている。
EEGは、Engineers’ Ego Guild。日本語の芯は「エンジニアの矜持を取り戻すギルド」だ。
EEGで考えている利益配分は、11がエンジニア、つまり作る人。6がセールス、マーケター、UI/UXデザイナー、資金調達、経営のプロ。3がEEG。
なぜ作る人に11を置くのか。
それは、作った本人が主役であり、最後まで名前と責任を持つからだ。最初に手を動かし、仮説を形にし、リリース後も改善を続ける人が中心にいる。その主体性を、気持ちだけでなく報酬の形でも守りたい。
もちろん、一人では事業にならない。セールスが現場へ行き、マーケターがネットで需要を作り、UI/UXデザイナーが使われる体験へ磨き、経営のプロが数字で支える。3割のプロがいるから、作ったものは世の中に届きやすくなる。
でも、芯は作った本人に残す。
AIで速く作れる人ほど、本当は遠くまで行けるはずだ。
実装が速いということは、仮説を試す回数を増やせるということだ。画面を直すまでの時間を短くできるということだ。ユーザーの声を聞いて、次の日には改善を出せるということだ。
途中まで作って終わるなら、その速さはただのデモ製造機で終わる。
でも、最後まで持っていくなら、その速さは武器になる。
ゼロから作る。リリースする。使われるまで直す。売れる形、広がる形、信頼される形へ、3割のプロと一緒に磨く。
EEGで集まりたいのは、そういうエンジニアだ。
AIで実装が速くなった時代に、作る人が脇役になる必要はない。むしろ、最後まで持っていける人ほど、主役に戻れる。
途中までではなく、リリースまで。
リリースまでではなく、改善まで。
改善までではなく、事業として残るところまで。
そこまで行く覚悟のある作る人と、ぼくは一緒にサービスを生み出していきたい。